逍遥の季節 (新潮文庫)
江戸時代に技芸に魅せられた女性たちが主役の短編集です。
三味線、画家、根付、糸染、髪結、活花、踊りなど様々ですが、人によっては囲われの身でも、たとえ恋に破れても、芸に生きたから、また芸に生かされたからこそ、芯のある女性が、その実たおやかさも持つ女性が、どの作品からも感じられました。
さらに物語を通して、技芸の面白さも垣間見られ、とくに糸染の奥深さには、すごく興味がわきました。
ただ乙川氏の本は、かなり読み応えがあった、同時代の女性蒔絵師が主人公の『麗しき花実』の後だったので、本書は短編ということもあり若干物足りなさを感じ、根付師の話など何編かは、もう少し話を膨らませて中編ぐらいで読みたかった気もします。
そうは言っても、余韻に浸れる読み心地のいい本で、全編を通して、しっとりという言葉が似合いそうな作品集でした。
生きる (文春文庫)
直木賞を受賞して話題になっているときに読みそびれて、もう今更と敬遠していて後悔です。泣けました。生きる勇気をもらいました。 嫁いだ娘から義絶され、息子に死なれ、妻に先立たれ、同じ条件の約束事に縛られた同僚は断食して果てるという現代になぞらえてもリストラ勧告されて窓際にいるサラリーマンからいじめにあっている学生まで様々な孤独な戦いを強いられている人にとって、身につまされるストーリーです。 そして、人間再生のドラマがあります。生きていくのに一番大切な“尊厳”とか“プライド”を思い出さされます。感動のラストシーンも下女のせきのキャラクターもすばらしいです。同じ作者の他の作品も読んでみようと思います。
闇の華たち (文春文庫)
著者の新刊(と言っても1年ほど前)。『オール読物』所載の6つの短編。
己の意志とはかかわりなく巻き込まれるように殺された友人の仇討ちをすることになった隼之助(そうのすけ)の心を描く「花映る」、茶屋で再会した二人の幼馴染、そこで女中として働く武家の娘・多野と、不埒を働き悪名を馳せる合力七人扶持(ぶち)の武士・重四郎を待ち受ける運命を描いた「悪名」、など封建社会に生まれた人たちの生き方を、しなやかな文体で綴る
「乙川文学」の結晶がここにある。他の4編は、「男の縁」「笹の雪」「面影」「冬の華」。なかでは「冬の華」が秀逸。
単行本の表紙の華は、ろう梅だが、「悪名」は「夜になると灯籠の明かりが浮かぶ庭にろう梅が咲いているのを多野は見つけた。/冬の日の物淋しさのせいか、夜の庭に現れた黄色い花は鮮やかで、山吹のように暖かい色をしている。彼女は庭へ下りてその香りを確かめたかったが、すぐにあきらめて酒を運んで行った。」(p.71)の文章で始まっていて、思わず表紙の写真を振り返るほどの綺麗な装丁だ。