17歳のカルテ [スクリーンプレイシリーズ] 115 ()
多感な時期を、閉鎖された特殊な空間の中で共同生活をしながら自己と向き合うというのはお金では買えない貴重な経験だという気がします。
正常と異常の境界線をテーマにしていますが、その答えは観客個人に問い掛けているような本です。
Girl, Interrupted
精神病を体験するというのはどういうことなのか少しでも理解できるのかと思ってこの本を読んでみました。 "Parallel World"という表現が印象的で、私たちが経験している現実の世界とは別に世界があって、その別世界にいながら平行して生きていくことなのか、病気を体験していない自分にとってはやはり想像しがたいことだけれど、何か痛烈なものを感じさせられます。体験記のエピソードの中には笑い出したくなるようなものもあり、入院している他の女性たちやナースとのおもしろくもあり、痛々しくもある描写。そしてスザンナが病気であることをふっと忘れさせるような瞬間もあるかと思えば、自分の中に本当に骨があるのかと追求するところもあって、病気の怖さというか、深さのようなものを感じさせられれました。
一番恐ろしいと思ったのが、その当時の診断の仕方。精神科医に短時間診察された後、精神病院に送られてしまうことと、著者も指摘する「境界性人格障害」の診断基準。そして、知らない人はいないという有名精神病院に入院していたことで、世間におけるスティグマ。今は60年代よりも医療面で改善されたところが多いとは思うけれど、精神病に悩む人が増加する中で、私たちの認識がどれだけ変ったのか考えさせられました。
映画の方はまだ観ていませんが、どのように映し出されているのかみてみたいです。
17歳のカルテ【字幕版】 [VHS]
この映画の、隅々まで表現されている内容は、この映画の語ろうとすることを、ひとつひとつ、繋ぎ合わせるものなのかもしれない。映画という特徴を活かし、映画だから表現できること、すべてのシーン、台詞、演技、音楽、衣装、、、がそれぞれに語り、また、それぞれが、それだけでは存在しない、関係をつくりあげていた。それは映画としてつくられたこの作品に、つくりこんだものではなく、逆に、そのひとつひとつが、自然なものとして、現実味をおびせるものとなっているのだろう。どこまでも、この映画は、その完璧なまでな出来をみせつけ、そして、それによって、これ以上無いと言う程、映画のすばらしさを実感でき、その映画の中のひとりとしていざなわれた。
Girl, Interrupted(映画『17歳のカルテ』原作)
精神病を体験するというのはどういうことなのか少しでも理解できるのかと思ってこの本を読んでみました。 "Parallel World"という表現が印象的で、私たちが経験している現実の世界とは別に世界があって、その別世界にいながら平行して生きていくことなのか、病気を体験していない自分にとってはやはり想像しがたいことだけれど、何か痛烈なものを感じさせられます。体験記のエピソードの中には笑い出したくなるようなものもあり、入院している他の女性たちやナースとのおもしろくもあり、痛々しくもある描写。そしてスザンナが病気であることをふっと忘れさせるような瞬間もあるかと思えば、自分の中に本当に骨があるのかと追求するところもあって、病気の怖さというか、深さのようなものを感じさせられれました。
一番恐ろしいと思ったのが、その当時の診断の仕方。精神科医に短時間診察された後、精神病院に送られてしまうことと、著者も指摘する「境界性人格障害」の診断基準。そして、知らない人はいないという有名精神病院に入院していたことで、世間におけるスティグマ。今は60年代よりも医療面で改善されたところが多いとは思うけれど、精神病に悩む人が増加する中で、私たちの認識がどれだけ変ったのか考えさせられました。
映画の方はまだ観ていませんが、どのように映し出されているのかみてみたいです。
17歳のカルテ コレクターズ・エディション [DVD]
白くて四角い病室で、
ちょっと変テコなずんぐりした娘が
首を吊って見つかるシーンがあった。
そこに流れていたのは究極の(!)懐メロ「The END of World」。
断るまでもなく、ウィノナ・ライダーもアンジェリーナ・ジョリーも若かった。
関係ないけど、徳永さん福山さんヤッパかっこよくない?