おぱらばん (新潮文庫)
短編集というか、エッセィというか、散文というかは、作者本人にも特にジャンル分けを意識して書いていないと思われす。読まれた方それぞれが判断すれば良いかと。
しかし短編一つ一つが素晴らしい出来です、きっといつかまた読み返したくなるそんな作品ばかりです。
表題作の「おぱらばん」も一体どんな意味の何の言葉なのかはあっと言う間に分かる、そこまで読めば何と言う事も無い不思議な響きの言葉が、短編を読み終わると、その言葉がひどく愛らしくまるで手の中に納まった子猫の様に感じられます。
その他にも単館上映されている映画のタイトルの様な作品名の「留守番電話の詩人」(この話しはかなり好きです!いくつもの全く関係の無い小さな流れが絶妙の関係で合流してこのタイトルの元へと流れ込んできます!最高です)、視覚的広がりと美しさを連想させるタイトルの「貯水池のステンドグラス」(私にとってのベスト1です!ゲラシム・リュカ、いつか読んでみたいです)、タイトルから想像していたカラミになっていったにも係わらずさらに深い仕掛けと繋がりを与えられた「黄色い部屋の謎」、等どの作品も素晴らしいです!
書かれる手 (平凡社ライブラリー)
本論にはないが、
宇佐美英治をめぐって、三浦雅士氏と堀江さんが、
巻末で語り合っている。
全く知らない者同士が、
ひとりの畏敬する人物に導かれるように、
文章を書いている、その巻末を読むだけでも
(もちろん本文も素晴しいが、)この本を
手にする価値は十二分にあると思う。
「幸せな出会い」は誰の心にも訴えかけるはずだ。
雪沼とその周辺 (新潮文庫)
山あいの静かな町に住む人々の日常を描いた短編連作。短編でありながら、主人公たちの長い人生がしみじみ伝わってくる。たとえばボウリング場の経営者は“メンテナンスにやってくる担当者さえめずらしがるコーラ瓶の自販機”や“掃除機を思わせる騒音が嫌”でハンドドライヤーがなく、回転式タオルのある手洗い、脚に軽い障害のあった妻がつくっていた“ゲームと関係なしに訪れる人や持ち帰りを頼む客”までいた日替わりのサンドイッチ、そして何より“セッティングの動きものろく、ボールが戻ってくるまでの時間も現在普及している型の倍以上かかる”“ロサンゼルスのブローカーを通じて”入手した“倒産した古いボウリング場の、廃物になりかけていたブランズウィック社製の最初期モデル”の機械にこだわる。それは彼が、古いピンのはじける音にこだわっているからだ。しかし現在、妻は亡くなり、ワックスがけや機械のメンテナンスもしんどくなって、とうとう廃業の日を迎える。何より、こだわり続けたピンをはじく音を聴く耳でさえ、補聴器に頼るようになっているのだ。
古いもの、なじんだものにこだわり、均質な利便性や、都会風のあり方に背を向ける主人公たち。フランス料理屋の女主人のこだわる氷砂糖の舌触りも、書道教室主催者の妻が惹かれる、夫が時間をかけて磨る墨の匂いも、中華料理店店主のつくるありふれた料理の“いろんな味のしっかり混じっている”味も、そう遠くない、あるいはもう訪れた彼らの死によって、忘れられてしまうだろう。しかし読者は、彼らのささやかなこだわりをわがことのように胸に刻む。まるで主人公たちが自分の友人か親類であるかのように。
日本の田舎町を舞台にしながら、この作品はなぜか淡い色調のフランス映画のようだ。そこに生きる人たちの、何気ないリアルな魅力は、エリック・ロメールの映画を思わせる。とりたてて恋愛を描いているわけではないのに、そこはかとなく恋の匂いがするのだ。
ジョルジョ・モランディ
ジョルジョ・モランディのことを、美術の門外漢である私はずっと知らなかった。2000年3月に刊行開始された須賀敦子全集(河出書房新社刊)、その外函に、ルイジ・ギッリが撮影したモランディのアトリエ写真が使われ、はじめて名前を知った。
生涯描いた絵の、ほとんどのモチーフが花瓶や壺であった。第4章アトリエ モランディでは、この世のものとも思えない、静謐、明澄な空間が映し出されている。
岡田温司氏の巻頭解説が詳しい。ジョルジョ・モランディの生涯と作品を紹介した、唯一の書であるまいか。この画家に興味を持った人は、必読である。
なずな
哀感漂う中年の男性が、姪である赤ちゃんの世話をせざるを得なくなる、というストーリー。
400ページ以上の作品だが、仕事をしている時間以外に夢中で読んだ。
読んでいる間、本当に幸せな気分になれた。
この主人公は独身の中年男性であり、普通に考えれば子育てからは最も遠いところにいる筈だ。
それでも、弟夫婦に起こった深刻な問題だけではなく、
弟夫婦の親たちが高齢で、孫の世話をすることに問題を抱えており、
思わぬ出番が巡って来たのである。
不慣れな育児、生活は180度転換。睡眠不足、胃の変調… ミルクと排泄物の匂い。
ぎりぎりの生活の中で、彼はなずなちゃんの少しの変化も見逃さず、
新しい何かに目覚める。無条件で、愛しいと感じること。
脇役の人物がそれぞれ個性的で魅力に溢れ、
ひょっとしたら、こんなまーるく、やわらかな光に満ちた世界があるもかも…
などと、思いながら読み進めた。
なずなちゃんは、多くの人に助けて貰いながら、
同時に多くの人を幸せにしている。勿論、菱山さんが最も大きな恩恵を受けたことは確かだろう。