シリアの歴史、政治助教を、努めて中立的に論じた一冊です。私たちが、ニュースや報道で得ることのできる情報では、シリアは、イスラム圏の独裁国家で危険な国という印象を持ちがちです。実際に、西側報道の印象では、シリアは、イランに次ぐ中東の扱いに困る国として取り上げられる機会がたくさんあるように思えます。
本書では「シリア」という極めてシンプルで色のない
タイトルのとおり、著者が中立的に現在のシリアの内戦に至るまでのアサド政権の歴史を記そうと努力している様子がよくわかります。
著述に色がないゆえに、基礎知識がない読者にとっては、入り組んで読みにくい印象をうけますが、それ故に大変勉強になる一冊でもあります。
私たちは、シリアの内乱の様子が、アサド政権の独裁体制に対して、不満を抱えている多くの民衆が立ち上がって自由を取り戻そうとしているかのように見えます。また、アサド政権は色濃いイスラム教徒の政権で、それに対して、先進的な思想を持った民衆が立ち上がっているように見えます。果たして、それは事実なのか?
アサド政権は、父であるハーフェズ・アサドが、その独裁基盤を築き上げました。その時点では、確かに、強権的で私たちがイメージするような「独裁国家」の様相を呈していたようです。しかし、2000年以降、ハーフェズ・アサドの実子であるバッシャール・アサドに政権が引き継がれてからというものの、本書では、徐々に経済の開放や各種権利の拡張などが行われており、体制内の腐敗にもしっかりと向き合って対応している様子が見て取れます。彼のもともとの支持層であった、中間層の支持は、現在においてもある程度キープされている可能性は十分にあります。
また、バッシャール・アサドの宗教母体は、シリアにおいては少数派に属するアラウィー派です。彼のバアス党も、イスラム圏内においては世俗派という位置づけになっており、シリアに多く見られる、スンニ派や、イスラム原理主義、野心的な勢力を抑えてバランスをとる役割を果たしている可能性が十分に考えられます。
この点については、アメリカとの戦争後、国内の混乱が収まらないイラクの情勢を想起せざるを得ません。果たして、現在の独裁政権を打倒しようとしている反体制派が、本当に、現在の政権よりも安定的で、世俗的な組織なのか?また、反対運動を行なっている反体制派の意見は、シリア国内で本当に多数派なのか?
私たちが報道で耳にすることできない、多角的な情報が詰まった一冊です。
「アラブの春」は、facebookの利用など、「新しさ」「先進さ」が旧来の「独裁」を打ち砕くようなイメージ操作が図られているように思えますが、必ずしも、そのようなメディアの印象に短絡できない根深い歴史と、勢力図が存在していることがわかるでしょう。