La Petite Bijou (Collection Folio)
ある日、主人公の少女テレーズは、死んだはずの母を見かける。会おうするが、気後れからか、どうしても母に会うことができません。尾行を続けていくうちに、彼女は徐々に忘れていた母のことを思い出していきます。それがかつての自分自身を取り戻すことにもなるからでしょうか。しかし、その母の経歴は、実は嘘で塗り固められたことがわかっていきます。自分は誰なのか。深まる謎。母とのことは、形見のビスケット缶の中にある写真と手紙以外、切れ切れになった記憶の中にしかありません。小説はテレーズの現在を描写しながら、断続的な記憶が織り交ざりながら進んでいきます。いつしか、行きずりの名もなき人々に助けられながら、彼女の不確かで不安な心は、彼女を呪縛する過去の「言葉の檻」から次第に解き放たれてゆくところが圧巻です。彼女は母と再会できるのか。
わくわくするようで、もどかしいような心の動きに。戸惑いとあせりが交差します。母親から見放されたような主人公が、自らのおぼろげな記憶と、目の前の現実との齟齬に、なんとか折り合いをつけようと、さまざまな言葉の迷走をつづける描写が痛々しいです。それでも、皮肉なことに、肉親でも旧友でもない見ず知らずの人たちとの、じつにさりげない「やり取り」を通じて、記憶の牢獄に徐々に出口からの光が差し込んでくるようです。さびしかった「宝石」は、どうやって他者への希望という輝きを取り戻すのでしょうか。
フランスではつとに有名な著者の渾身の作品らしいです。一人の不幸な少女が、何の権威も地位もない人々とのつながりによって、新たな生き方を見つけていくような、ささやかな希望で終わるシーンに、ほのかな滋味を感じる後味になっています。ワインでも飲みながら、繰り返して読んでみたくなる不思議なテイストの本です。
わくわくするようで、もどかしいような心の動きに。戸惑いとあせりが交差します。母親から見放されたような主人公が、自らのおぼろげな記憶と、目の前の現実との齟齬に、なんとか折り合いをつけようと、さまざまな言葉の迷走をつづける描写が痛々しいです。それでも、皮肉なことに、肉親でも旧友でもない見ず知らずの人たちとの、じつにさりげない「やり取り」を通じて、記憶の牢獄に徐々に出口からの光が差し込んでくるようです。さびしかった「宝石」は、どうやって他者への希望という輝きを取り戻すのでしょうか。
フランスではつとに有名な著者の渾身の作品らしいです。一人の不幸な少女が、何の権威も地位もない人々とのつながりによって、新たな生き方を見つけていくような、ささやかな希望で終わるシーンに、ほのかな滋味を感じる後味になっています。ワインでも飲みながら、繰り返して読んでみたくなる不思議なテイストの本です。
イヴォンヌの香り HDニューマスター版 [DVD]
「髪結いの亭主」のパトリス・ルコント監督による、匂い立つような女の美しさを描いた作品です。
ヒロインを演じたS・マジャーニの体をなめわすようなカメラワークと、官能的な情事のシーンと、白いドレスがエレガンスの極みだと思います。
スイスのレマン湖で出会う、美しいイヴォンヌに誰もが心をとらえられるはず。
切なくて甘美な恋の虜になった、青年ヴィクトールから見た、女優としての成功や富や名声を夢見るイヴォンヌが綴られていきます。
イヴォンヌが、美しくてセクシーです。
特に、テーブルの下で、白いドレスからのびた美しい脚を、ヴィクトールに絡ませるシーンや、船上で白いドレスが風になびいて、はためくシーンは官能の極致だと思います。
女優を、ここまで美しく官能的に映し出す、監督の力量は凄いです。
音楽も情景も女優も美しい、艶やかで上質な恋愛映画だと思います。
色彩も豊かで、スカーフ使いもお洒落です。
この映画を見たら、誰もがイヴォンヌの香りに包まれるかもしれません。
女性にもおすすめしたい映画です。
イヴォンヌの美しさで、★5個にしました。
ヒロインを演じたS・マジャーニの体をなめわすようなカメラワークと、官能的な情事のシーンと、白いドレスがエレガンスの極みだと思います。
スイスのレマン湖で出会う、美しいイヴォンヌに誰もが心をとらえられるはず。
切なくて甘美な恋の虜になった、青年ヴィクトールから見た、女優としての成功や富や名声を夢見るイヴォンヌが綴られていきます。
イヴォンヌが、美しくてセクシーです。
特に、テーブルの下で、白いドレスからのびた美しい脚を、ヴィクトールに絡ませるシーンや、船上で白いドレスが風になびいて、はためくシーンは官能の極致だと思います。
女優を、ここまで美しく官能的に映し出す、監督の力量は凄いです。
音楽も情景も女優も美しい、艶やかで上質な恋愛映画だと思います。
色彩も豊かで、スカーフ使いもお洒落です。
この映画を見たら、誰もがイヴォンヌの香りに包まれるかもしれません。
女性にもおすすめしたい映画です。
イヴォンヌの美しさで、★5個にしました。
ルシアンの青春 [DVD]
ルイ・マル監督の中では、クローズアップされることの比較的少ない作品ではないかと思うが、この映画が放つ輝きは、他の優れたマル作品にも比肩しうるのではないだろうか。
ドイツ占領下のフランスが内包する苦い歴史を取り上げながら、一方でもっと普遍的な、わたしたちの誰もが経験する危うく脆い「青春のかたち」というものを捉えようとしているように思える。ものごとを単純化して考える、いつの時代も変わらない若さのもつ特質が、ナチス傀儡政権下のフランスという歴史的状況の中で翻弄されていくさまを、冷徹かつ悲哀の念を持って描き出している。レジスタンスに単純に憧れる少年が、その同じ単純さゆえに、いとも容易くゲシュタポに絡めとられていく過程が見事に表現されていると思う。
主役のルシアンを演じるピエール・ブレーズの、演技を超えた、あたかも青春そのもののような鮮烈な表情。そして、もどかしいほどに不器用な愛の表現。また、ユダヤ人の少女フランスを演じるオーロール・クレマンの、悲しみの色を帯びた初々しさ。
明日のない刹那的な逃避行の途中、牧歌的風景の中でふたりが見出すつかの間の安らぎ。その抒情的であるとさえ言えるシーンに唐突にかぶさるエンド・クレジット。名手ジャンゴ・ラインハルトの「マイナー・スウィング」をバックに、ルシアンが丘を自転車で駆け下りてくるファースト・シーンとともに忘れることのできない場面である。
ドイツ占領下のフランスが内包する苦い歴史を取り上げながら、一方でもっと普遍的な、わたしたちの誰もが経験する危うく脆い「青春のかたち」というものを捉えようとしているように思える。ものごとを単純化して考える、いつの時代も変わらない若さのもつ特質が、ナチス傀儡政権下のフランスという歴史的状況の中で翻弄されていくさまを、冷徹かつ悲哀の念を持って描き出している。レジスタンスに単純に憧れる少年が、その同じ単純さゆえに、いとも容易くゲシュタポに絡めとられていく過程が見事に表現されていると思う。
主役のルシアンを演じるピエール・ブレーズの、演技を超えた、あたかも青春そのもののような鮮烈な表情。そして、もどかしいほどに不器用な愛の表現。また、ユダヤ人の少女フランスを演じるオーロール・クレマンの、悲しみの色を帯びた初々しさ。
明日のない刹那的な逃避行の途中、牧歌的風景の中でふたりが見出すつかの間の安らぎ。その抒情的であるとさえ言えるシーンに唐突にかぶさるエンド・クレジット。名手ジャンゴ・ラインハルトの「マイナー・スウィング」をバックに、ルシアンが丘を自転車で駆け下りてくるファースト・シーンとともに忘れることのできない場面である。
ルシアンの青春 [DVD]
若いながらの狂喜、自惚れ、反抗。
戦争という特殊な環境下で若さゆえの過ちが、大きな過失にまで膨れ上がる。
最後の最後でルシアンが見せた笑顔こそ、ルシアンの健全な青春の一瞬のきらめきだったのだろう。
ルシアン本人も戦争の被害者であったことは間違いない。
戦争という特殊な環境下で若さゆえの過ちが、大きな過失にまで膨れ上がる。
最後の最後でルシアンが見せた笑顔こそ、ルシアンの健全な青春の一瞬のきらめきだったのだろう。
ルシアン本人も戦争の被害者であったことは間違いない。
失われた時のカフェで
モディアノはほぼ2年に1作のペースで新作を発表しているので、処女作『エトワール広場』以降、作品数は30点に近い。
その大半を読んできたモディアノ・フリークとしていえば、本書は彼の作品中でも上位にランクされる。
本を閉じたとき、哀切きわまりない印象が残る秀作だ。
若い人妻ルキは家を出て、パリ六区にあるオデオン界隈のカフェに入り浸るようになる。
ある集会で知り合った若者とそのカフェに出入りし、そしてホテルを転々とした挙句、窓から身を投じてしまう。
そんな彼女の<記憶>を4人の話者が語る構成になっている。
最初の語り手は、彼女に思いを寄せる超エリート校の学生。
二番目は、ルキの夫から調査を依頼された探偵。
三番目は、ルキ自身の回想だ。
最後の話者は、ルキとホテル暮らしをした若者ロラン。彼には前作『血統書』に描かれた若き日のモディアノの姿が投影されている。
ここでモディアノ作品の特徴について一言しておけば、どの作品にもモヤに閉ざされているような印象が漂う。
通りの名前や季節、年月はちゃんと記されているのだが、しかし物語の輪郭はなかなか見えてこない。ぼんやりと霞んでいる。
読者は手さぐりしながら一歩ずつ作品世界に入っていかなければならない。
するとやがて、人びとの関係や出来事の背景が浮かび上がってくる。
そのとき読者は、すでにモディアノの<物語世界>に取り込まれている……。
本書でも、夫から逃げ去ったルキの少女時代の姿が浮かび上がってくると、もう途中で読みさすことはできない。
ルキは何におびえているのか。何から逃げようとしているのか。
その答えは謎に包まれたまま、彼女は越境に越境を重ねてパリの街をさまよい歩く……。
さて、訳者は本書の翻訳について、こう記している。
《自分のこれまでの小説の実作者としての経験が生かされる方針を考えた。それは語学的に正確な訳、というよりも、この作品を原文で読んだ時の自分の感動を伝える訳、だ》
そのせいか、ひとつのセンテンスがきわめて短い。原文の関係節はもちろん、コンマで区切られた文章にも、句点が打たれていることさえある。
最初、それがちょっと気になったが、読み進めるうちに慣れてきたのは訳文のテンポが整っているからか。
これはこれでいいのかもしれない。
その大半を読んできたモディアノ・フリークとしていえば、本書は彼の作品中でも上位にランクされる。
本を閉じたとき、哀切きわまりない印象が残る秀作だ。
若い人妻ルキは家を出て、パリ六区にあるオデオン界隈のカフェに入り浸るようになる。
ある集会で知り合った若者とそのカフェに出入りし、そしてホテルを転々とした挙句、窓から身を投じてしまう。
そんな彼女の<記憶>を4人の話者が語る構成になっている。
最初の語り手は、彼女に思いを寄せる超エリート校の学生。
二番目は、ルキの夫から調査を依頼された探偵。
三番目は、ルキ自身の回想だ。
最後の話者は、ルキとホテル暮らしをした若者ロラン。彼には前作『血統書』に描かれた若き日のモディアノの姿が投影されている。
ここでモディアノ作品の特徴について一言しておけば、どの作品にもモヤに閉ざされているような印象が漂う。
通りの名前や季節、年月はちゃんと記されているのだが、しかし物語の輪郭はなかなか見えてこない。ぼんやりと霞んでいる。
読者は手さぐりしながら一歩ずつ作品世界に入っていかなければならない。
するとやがて、人びとの関係や出来事の背景が浮かび上がってくる。
そのとき読者は、すでにモディアノの<物語世界>に取り込まれている……。
本書でも、夫から逃げ去ったルキの少女時代の姿が浮かび上がってくると、もう途中で読みさすことはできない。
ルキは何におびえているのか。何から逃げようとしているのか。
その答えは謎に包まれたまま、彼女は越境に越境を重ねてパリの街をさまよい歩く……。
さて、訳者は本書の翻訳について、こう記している。
《自分のこれまでの小説の実作者としての経験が生かされる方針を考えた。それは語学的に正確な訳、というよりも、この作品を原文で読んだ時の自分の感動を伝える訳、だ》
そのせいか、ひとつのセンテンスがきわめて短い。原文の関係節はもちろん、コンマで区切られた文章にも、句点が打たれていることさえある。
最初、それがちょっと気になったが、読み進めるうちに慣れてきたのは訳文のテンポが整っているからか。
これはこれでいいのかもしれない。