映画「審判」は、不条理小説(こんな言い方が通用するか分からないが)で名高いカフカの原作を基に、オーソン・ウェルズによって映像化された。
原作では、銀行員がある日突然起訴され罪状すら分からないまま裁判に掛けられ死刑が確定、執行されてしまうまでの顛末が描かれているらしい。
映画の方も、確かに主人公のアンソニー・パーキンスのもとに、ある朝刑事がひとりまたひとりと訪問し、逮捕するので同行願いたい旨を手を変え品を変え迫るオープニングから、全編不条理なシークエンスが続く。
パーキンスが行き交う世界は、どれも不安と疑念、焦燥に凝り固まった彼の妄想なのか、それとも悪夢の如きものなのか、現実世界と微妙にリンクしながらもそれは徹底的に歪んでいる。
彼の周りを次々と現れては消える人物たちもみな奇妙でグロテスク。
しかも、各人はそれぞれ決められたパートでしか登場せず、記号的な役割しか与えられていない。
であるにも拘わらず、それらのひとりとして出てくるジャンヌ・モロー、ロミ―・シュナイダー、エルサ・マルティネリらヨーロッパの名花のなんて艶めかしいことか。
不条理の迷宮に入り込んでしまったトリップ感をさらに増幅させるのが、悪魔的装置と呼ぶべき
美術セットの数々。
ドイツ表現主義主義を意識させる造形と光彩、エッシャーの騙し絵のような目眩まし。
最初は当惑しながらも、この奇妙で寓話的な物語を追ううちに、この舞台装置に目を奪われ惹かれていく。
個性的な映画だけに当然好き嫌いは分かれる筈だ。
文句なくお薦め出来そうなのは、(1)カフカ、またはカフカ的小説のファン (2)オーソン・ウェルズ、またはウェルズ的映像魔術のファン の方々。
次にお薦め出来そうなのは、(3)ブレヒト劇がお好きな演劇ファン (4)アート・フィルム ファン (5)カルト・ムービー ファン の方々。
といった処だろうか。
さらに、(6)ロミー・シュナイダー ファンの方であれば、押さえておいてよろしいかも。
ノー・メイクながら、コケティシュな魅力に溢れた彼女に逢える。
ただし、出演していると言っても、ジャンヌ・モロー ファンの方にはどうか。
なんせ、登場シーンは僅か数ショットだから、ね(笑)。
佐々木秀一著の労作「ロミー」には、今作の撮影秘話が掲載されている。
それによると、ロミーはかねてから俳優ウェルズに対してほのかな想いを抱いており、ウェルズからの出演依頼は大変嬉しいものだったようだ。
ロミーの役柄は、重要な役処の
弁護士の専属看護師にして愛人。
監督ウエルズはこの役をチャールス・ロートンかジャッキー・グリースンに振りたかったようだが叶わず、配役が決まらないまま読み合わせが始まったが、その最中、ロミ―は台詞を止め、一度ならずニ度までもウェルズ自身が
弁護士役を演じるべきだと口説いたらしい。
ウェルズは苦虫を噛みしめながらもそれに同意、こうしてウェルズの出演が決まった。
ロミーは、この時の“進言”で受け取ったギャラ1ドルは、自分が今まで仕事で得た報酬の中で最も価値あるものだったと回想したという。