僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想 (幻冬舎新書)
この本で荻上さんは、弱者に対して、不運に対して、
過度な不幸がシステムとして生み出されないように、
社会のバグを修正し続けるべきだという。
すべての人が弱者、不運予備軍なのだから、
また弱者、不運な人がすみやすい社会はすべての人にすみやすいのだから、
皆が目指すべきだ。と。
(ここからが私個人の雑感です。)
社会制度の維持に対して、我々は消費者的に考えすぎている。
ダメだしすればするほど、安く良いものが手にはいると思い、
制度を維持している存在である、教師、医師、警察、役人を叩く。
会社ならお前ら潰れてるぞ!
という恫喝と共に。
「public」を支える制度は資本主義で完全に置き換わらない。
資本主義の仕組みだけで考えたら、
一般道路の買占め、課金、
水道の独占、川の占有、
何だってありだ。
publicな維持には、消費者ではない、当事者にならなければならない。
ポジ出しするからには、
その問題に有責である、っていう当事者感覚がないといけない。
自分も含めて、皆はそのような当事者意識を持てるか。
本の内容に賛同しながらも、
この「モチベーション」の問題が残った。
自分は、まさに困った本人にならないと社会運動なんてしないと思う。
そこを何とか打破しないと、このままズルズルいってしまう。
そんな人、多いのでは?
想像力を膨らます、情報を集める、現場を一度見てくる、
NPO実際やっている人に会う。
そんなことから始めたい。
(だが、今の仕事激務すぎる。余裕あるか??)
過度な不幸がシステムとして生み出されないように、
社会のバグを修正し続けるべきだという。
すべての人が弱者、不運予備軍なのだから、
また弱者、不運な人がすみやすい社会はすべての人にすみやすいのだから、
皆が目指すべきだ。と。
(ここからが私個人の雑感です。)
社会制度の維持に対して、我々は消費者的に考えすぎている。
ダメだしすればするほど、安く良いものが手にはいると思い、
制度を維持している存在である、教師、医師、警察、役人を叩く。
会社ならお前ら潰れてるぞ!
という恫喝と共に。
「public」を支える制度は資本主義で完全に置き換わらない。
資本主義の仕組みだけで考えたら、
一般道路の買占め、課金、
水道の独占、川の占有、
何だってありだ。
publicな維持には、消費者ではない、当事者にならなければならない。
ポジ出しするからには、
その問題に有責である、っていう当事者感覚がないといけない。
自分も含めて、皆はそのような当事者意識を持てるか。
本の内容に賛同しながらも、
この「モチベーション」の問題が残った。
自分は、まさに困った本人にならないと社会運動なんてしないと思う。
そこを何とか打破しないと、このままズルズルいってしまう。
そんな人、多いのでは?
想像力を膨らます、情報を集める、現場を一度見てくる、
NPO実際やっている人に会う。
そんなことから始めたい。
(だが、今の仕事激務すぎる。余裕あるか??)
映画脚本100のダメ出し ―傑作を生むハリウッド文章術
先日読んだ「SAVE THE CATの法則」を書いた
ブレイク・スナイダーに近いところにいる人が書いた本のようです。
またもや「SAVE〜」と同様、
アメリカンな語りかけ口調が読んでて違和感あります。
あと項目を立てて注意すべき具体例をあげる手法も似ています。
総論よりは、実践を考えて各論で項目ごとにチェックということでしょうか。
「SAVE〜」と同様、
読むというより書くときに備忘的に“使う”本
という感じです。
ただそれなら「SAVE〜」のほうが使えると思います。
興味深かったのが
ブルース・スプリングスティーン作曲の「ビコーズ・ザ・ナイト」をネタに
それを歌ったナタリー・マーチャントとパティ・スミスの比較をしていること。
著者は2人の間には決定的な違いがあると書いてます。
そしてナタリー・マーチャントでなく
パティ・スミスのレベルに達してから脚本を売り込めと語っています。
うまく書かれただけでなく、
決定的な何かがある相当なレベルまで上げろということだと思います。
個人的にはパティ・スミスをずっと聴いてきた私には納得の項目だった
(ただ、ハードル高すぎじゃないの)のですが
20代の人たちにはこれは理解されるのかと思いました。
さらに
これってセンスの問題でもあるし。
脚本を書こうとする人とパティ・スミスのよさがわかる人との間には
あまり親和性がないような。
あえて余談的にわかりずらい例をあげた
著者の妙なこだわりを感じ、好感を抱いてしまいました。
ただ、最初に読む本ではないと思います。
ブレイク・スナイダーに近いところにいる人が書いた本のようです。
またもや「SAVE〜」と同様、
アメリカンな語りかけ口調が読んでて違和感あります。
あと項目を立てて注意すべき具体例をあげる手法も似ています。
総論よりは、実践を考えて各論で項目ごとにチェックということでしょうか。
「SAVE〜」と同様、
読むというより書くときに備忘的に“使う”本
という感じです。
ただそれなら「SAVE〜」のほうが使えると思います。
興味深かったのが
ブルース・スプリングスティーン作曲の「ビコーズ・ザ・ナイト」をネタに
それを歌ったナタリー・マーチャントとパティ・スミスの比較をしていること。
著者は2人の間には決定的な違いがあると書いてます。
そしてナタリー・マーチャントでなく
パティ・スミスのレベルに達してから脚本を売り込めと語っています。
うまく書かれただけでなく、
決定的な何かがある相当なレベルまで上げろということだと思います。
個人的にはパティ・スミスをずっと聴いてきた私には納得の項目だった
(ただ、ハードル高すぎじゃないの)のですが
20代の人たちにはこれは理解されるのかと思いました。
さらに
これってセンスの問題でもあるし。
脚本を書こうとする人とパティ・スミスのよさがわかる人との間には
あまり親和性がないような。
あえて余談的にわかりずらい例をあげた
著者の妙なこだわりを感じ、好感を抱いてしまいました。
ただ、最初に読む本ではないと思います。