スポーツ界の隠れた名著。野球の奥深さを教えてくれる。三割打者になるための心の構え方に関する記述がいい。「一打席一打席に，いかに集中力を切らさず執念を燃やし続けられるか」がその分かれ目であると言う。棋士米長邦雄氏のエピソードも示唆的である。

巨人軍の４番打者・川上哲治が熊本工業から巨人軍入りし、途中の兵役などをはさんで１９５８年に引退するまでを中心に描いた書である。

川上哲治氏はその後、巨人のコーチを経て監督に就任し、日本シリーズを含め９連覇を果たした監督として語られることのほうが多くなった。
それは何と言っても、長嶋茂雄、王貞治という、巨人軍の４番として後継者に恵まれたことも大きいだろう(ヒット打ちの名人としては、張本勲もある意味後継者と言えよう）。
さらに、監督としても、星野仙一という後継者も現れた。
これだけ更新に影響を与え、育てたということから、どうしても、川上哲治という打者について語られることが相対的に減ってしまったことは否めない。

しかし、長嶋茂雄がかくもスーパースターとして今日に至るまで活躍できたのも、王貞治や張本勲があれだけの記録を打ち立てられたのも、星野仙一が監督として成功をおさめられたのも、川上哲治という打者があったからこそではないだろうか。

私は高校時代の１９８６年３月、岡山県体育館で川上氏の講演を拝聴した。その時いただいた、印刷ものではあるのだが、「努力」と筆書きされた氏の色紙を、自宅に飾っている(ほかにもサインボール〜これも印刷ものだったが〜をいただいたのだが、そちらは引っ越しなどでどこかに行ってしまった。もったいないことをしたものです）。さらにその年の１１月末、岡山県野球場で阪神―巨人のＯＢ戦があり、川上氏は同世代の千葉茂、青田昇両氏とともにスタメンに名を連ね、それぞれ１本ずつ、阪神先発の小山正明投手よりヒットを放った(皆さんすぐ交代された)。
私は阪神ファンであるが、川上哲治のヒットをこの目で見られたことは、何よりの宝である。

先日川上哲治氏は鬼籍に入られたが、川上哲治は、永遠に語り継がれてしかるべき選手である。
これは何もプロ野球に限ったことではないが、私たちは、もっと、歴史を学び、語り継ぎ、そして現在そして未来へと役立てていかなければならないと思う。