かつて英国推理作家協会ゴールドダガー賞を二年連続授賞した『ガラス箱の蟻』(1968年)と『英雄の誇り』(1969年)もいかにも英国伝統の
探偵小説を想わせながらその実、奇天烈な設定とオフビートな居心地の悪さを感じさせる奇想ミステリだったが、サンリオSF文庫で刊行された中でも指折りの希覯本であり、復刊が待望久しかった本作(1977年 原題Walking Dead)も一筋縄の展開ではない怪作。
薬理学者の主人公が魔術や精霊信仰がはびこるカリブ海の独裁国で革命騒ぎに巻き込まれる冒険スリラーの体裁をとっているが、殺人の濡れ衣を着せられ反体制側の囚人への人体実験を強制される中で、科学と呪術の境界すら曖昧な混沌に投げ出された主人公のアイデンティティーの揺らぎと喪失を描いて極めて預言的。題名はそのメタファーであろうか。
英国流マジックリ
アリズムとでも名付けたい作品。
著者にとって『毒の神託』(1974年)や『キングとジョーカー』(1976年)と並ぶ傑作。更に本書を上回る奇想長編『緑色遺伝子』(1973年)の復刊も望まれる。
(蛇足になるが巻末の俳優
佐野史郎氏の寄稿は氏がいかに怪奇幻想小説やミステリ、SFを愛好しているか良く判る好エッセイ。)