だいこん (光文社文庫)
江戸期の男尊女卑、士農工商の身分制度の中で、
気丈に生きていく女性の姿が実に良いと思います。
働く女性に厳しい現代社会に生きる女性読者のみなさんからは、
「世の中そんなに甘くないよ。」と言われるかも知れませんが、
そこは小説ですから心地良い余韻に浸ることが出来れば良しとしましょう。
主人公が新しい店を建て始めた際にやくざ者が店のみかじめ料を要求します。
そのことがもとで土地の親分と会う場面を通し、幼少期を懐古することから物語が始まります。
巧みな物語展開と思います。
個人的には「つばき」という名が、主人公の気丈で美しい女性にぴったりだと思うし、
母親の「みのぶ」、妹達の「さくら」と「かえで」もなかなか良いと思います。
飯炊きの技と商才に長けた「つばき」が商売を成功させて行く様は良いのですが、
物語のつばきの成長が階段的な展開構成となっており、今少し階段の段差を低くするか、
或いは、右上がり的な展開であれば尚一層「つばき」という女性の立ち姿に深みが増したと思います。
利休にたずねよ
読ませる本である。
利休切腹の日から始まって利休のうちに「美」という病を生ぜしめた若き日の事件へと時間をさかのぼっていく。
この間、多くの人物の目を通して様々な角度から利休の追い求める美の姿を浮かび上がらせていくさまは、細かな伏線や言葉遣いという技術的な意味でもなかなかに良く練られた小説である。
読ませるのである。
著者の伝えたいことが強いせいかあざとさは感じなかった。
大事なのは歴史的な事実ではない。
前半を読んでいるときには、寂があるのは荒ぶるものがあってこそと感じた。
中盤を読んでいるときには、美の絶対性と同時にその脆さ・危うさを感じた。
そして最後に、人間を突き動かすものは、実はしょうもないことであったりするということを感じた。
話してしまえばしょうもないこと。
ただ、内に沈んだことで恐るべき力となって人を突き動かすもの。
歴史に名を残したような人物・事件であってもそのようなものは多い。
美もまた美しくないものから生まれているのである。
いや、「美」自体が気づいてしまえばさして美しくもないもの、なのかも知れないとさえ思えてくる。
この小説には綻びもある。矛盾もある。それでも敢えて☆5つをつけた。
どんな大人物の人生であっても、所詮人生などうたかたにすぎない。
しかし、うたかたにすぎなくとも、しょうもないものから始まっていようとも、美しいものは美しいのである。
そう感じずにはいられなかった。
粗茶を一服―損料屋喜八郎始末控え (文春文庫)
デビュー作とは思えない質の高さを持った傑作、そのシリーズ第三巻。
江戸の息吹を伝える用語を地の文にそのまま使用、
読み手にとり難易度は上がるものの、文章を高い品位に保っている。
そしてまた全てを語らない端正な構成が、「粋」の印象を強くしている。
時代物にありがちな札差=金持ち=悪者という
単純な図式を廃した多面的な人物設定、
以前までの巻なら主人公に相対するであろう
敵役との心の交流も描かれ、物語に更に深みを与えている。
各巻、各々の短編には一幅の絵になる場面が用意されていたが
本巻最後の短編は特筆すべき、刃のように冷ややかな
切れ味鋭いビジュアル性を誇る。やはり傑作である。
赤絵の桜―損料屋喜八郎始末控え (文春文庫)
前作を読んでいる読者なら(特に女性は)、絶対気になっていたはず。良い方向に進んだのは嬉しいのだけれど、もう少し焦らせてくれた方が良かったかなと思い、星4つにしました。 今作でキャラランキングが上がったのは、「伊勢屋」さん。ドラマ化するようなことになったら、ぜひ中尾彬さんに演ってもらいたい!前作を合わせて読むことをお薦めしますがもう一つ、「梅咲きぬ」も読んでおくと、隠し味が加わってとても楽しく読めると思います。とにかく、女性にお薦め!時代物はちょっと..というあなた!ぜひ読んでみてください。
次郎長 背負い富士 DVD-BOX
いい時代劇を見させてもらった。中村雅俊さん、小倉一郎さんそれに海といえば、七里ヶ浜のイメージだが、今回は江戸から明治への移行期を生き抜けた渡世人が、周囲に生かされて渡る世間という側面をドラマに描く。長五郎の少年時代を演じた小清水一輝さんは、見る人の親心を目覚めさせる好演。大政役の草刈正雄さんの姿を拝見したのは土曜ドラマ以来だが、背筋の伸びた姿は相も変わらず、いい男だ。
原作の山本一力さんの作品は読んでいないが、ドラマを見る限り、明治維新へと動く時代背景も入れながら、人と人との出会いの中に見いだす、つながりの糸や脈というものの繊細さ、さらには価値観の照らし合わせも問う映像に表現できていると思う。やや気が強うそうで幼さも残る、次郎長の最初の妻きわ役は松尾れい子さん。
次郎長は、凶状持ちとなってしまい三行半をきわに差し出し、「縁は切れても次郎長の女房はおまえ一人だぜ」の言葉を残し、無宿者となり縁あって三州に向かう。ところがどっこい、殺って川に放り込ん連中は、・・・。
清水に戻った次郎長は、きわが油問屋に嫁いだことを知り、二番目の妻お蝶と結婚した後のある日、ばったり、街できわに会う。「やっとあなたの夢を見なくなったのに」。これは、効くねえ、ご同輩!
勝ち気な役柄のお蝶役をこなすのは、田中美里さん。この俳優さんもまた、美しい。瀬戸への逃亡の旅は、暑気あたりでやつれ、荷車で子分たちに引いてもらう姿が、何とも、画面に向かって手を引いてあげたくなるほど。
米問屋甲田屋の番頭役、小倉一郎さんも「俺たちの〜」から何十年も経って、年を取ったなりにいい役柄を醸し出している。全編見ると、434分。時の流れに、一息ついてみてはいかがであろう、ご同輩。
DVD3枚セット。脚本、ジェームス三木。演出、冨澤正幸、佐藤峰世、陸田元一。主題歌:中島みゆき。