花林/雨の道~橋本國彦、信時潔、畑中良輔ピアノ作品集~
その瞬間、とてつもない深淵に心の奥底へと光導く透明感のある美しい
響きとの出会いがありました。
この作品を聴いていると心が洗われ、とても落ち着いた気持ちになれ
るのです。
ヘッドホンを装着しソファに腰を下ろしCDプレーヤーをスタートします。
そして目を閉じると、そこには、いろいろいな光景が広がっていきました。
それは例えば、どこかわからないけれども見覚えのあるような山の麓の
集落で、日の入り近い曇り空の切れ間から差し込めてくる陽の光のある
光景であったり、秋の夕べに旧家の縁側からすすき越に浮かぶ満月を
望む構図であったり、はたまた暑い夏休みに蝉たちがざわめく森林の
なかで空を見上げる幼き日の自分の姿であったり、不思議な世界が次々
に展開していき、惹き込まれていくのでした。
奏者はとても楽しみながら、一つ一つの音楽に愛情を込めて、空間に
波動を解き放している様子が目に浮かんできます。そして聴衆の耳か
ら入った波動は音色(ねいろ)となり、遂には心身一体となって広大で
自由な宇宙をリラックスした気分で穏やかに遊泳させてくれるのです。
自分は今まで知らなかった曲ばかりですので、自分にとっては斬新で
ありながら、なおかつどこか懐かしい響きが、忘れかけていた穢れ無
き幼き頃の無邪気さ、満ち溢れんばかりの好奇心を、もう一度、呼び
起こしてくれました。そんな内なるエネルギーを秘めた素晴らしい音楽
を奏でてくれるアルバムだと思います。
コンコーネ50番(中声用)
コールユーブンゲンと並んで、声楽のレッスン入門の必須アイテムです。
発声の練習本として扱われていますが、和声感を養うこともできます。
発声のためだけではなく、歌い上げる、ということにおいても、とてもよい教材だと思います。
荻窪ラプソディー: ブル先生の日々是好日
先ごろ惜しくも亡くなられたかつての名バリトンにして音楽評論家の畑中良輔先生の遺作エッセイ。死の直前まで連載がなされていた音楽の友誌への寄稿を一冊の本としてまとめたもの。毎度のことながら、老いてますます(90歳の方なのですよ!)好奇心の塊として、ありとあらゆる自分の周りに起きる事象(政治の混迷や大震災はもちろん電車内でお化粧をする女性やグルメに到るまで)にイキイキと相対する先生のバイタリティに感銘する。おちおちしていると、書中にも(巻末の平野忠彦氏の追悼文で)出てくるが、今でも先生から「ボヤスケ」と怒鳴られそうな錯覚に陥る。以前音楽少年誕生物語―繰り返せない旅だからを始めとする著者の自叙伝シリーズ4部作のレビューにも書かさせていただいたが、評者は今から約四半世紀前に慶應義塾ワグネル・ソサイエティー男声合唱団の一員として、畑中良輔先生に4年間ご指導を頂いた経験がある。だから、なおのことそんな気がするのだ。そして、今こうして本書を読むと、なんと自分たちは貴重な4年間を過ごしていたんだなと、新たな感慨にふけることしきりである。
本書も読み物としても面白いし先生の遺作となってしまったこともありお薦めであることは間違いないが、書中に先生も触れておられるように、大戦中の頃の回想であるオペラ歌手誕生物語もご一読を強くお薦めしたい。音楽に限らず、当時の世相を知る貴重な記録かと思う。
オペラ歌手奮闘物語 繰り返せない旅だから 四 最終巻
我が国声楽界の黎明期を支えた畑中良輔先生自叙伝全4巻の最終巻にあたる。
評者は今から四半世紀前に、慶應ワグネル男声合唱団に所属し著者のご指導を頂いた。折しも、長くご指導頂いた同合唱団の専任指揮者を1/8をもって退任されることが決まっている。この場を借りて、僭越ながらOB合唱団を代表して御礼を申し上げたい。
本シリーズの第3巻までは、実のところ戦前戦中戦後直後の世相史としての内容も貴重なものであったように思うが、第4巻にして先生の音楽活動が前面に出てきた内容になって来たように思われる。また、黎明期の我が国オペラ界の貴重な記録であるとも言えよう。
個人的になるほどと思ったのは、P49の「現在の一度や二度で終わってしまう公演では、上手くなりようがないではないか。」のあたりだ。
当時は現在とは環境が違うとは言え、あの厳しい時代であるにも関わらず同一のオペラ公演が連続で20数回も行われ、結果公演の間にも演者達の習熟が進んでいったようである。ベンチャーや起業の面でもよく「早く多く失敗しろ」と言われ、現代日本の閉塞の理由がそこにあるとかのブラックスワン理論のタレブは指摘する。本書の指摘はそれに通じるものがあると思う。
Auf Fl u geln des Gesanges/歌の翼に
NHKの深夜放送で聴きました。心に残ったので、購入して聴きました。今の私たちは世界の一流の歌手の歌を簡単に入手し聴くことができます。そして分かったような気持ちになります。この畑中さんの歌はそれらと較べますと、良くはないです。しかし、これが歌を歌うことの真摯な態度というのでしょうか。真面目な世界があることを知らされます。聴いて、良かったなと思います。