主役のチンおじいさんは本物の現役の
理容師さんで、俳優ではない。それに映画の設定どおり90歳を過ぎている。この老人がじつにいい顔をされていて、充足したおだやかな生活ぶりを見せてくれる。
チンさんが淡々と生きている姿を観るだけで、ひとが生きることや、人生について、不思議なインスピレーションをあたえてくれる。それはチンさんのさりげない表情や、身のこなし、そして部屋のようす、机や窓に張られた花柄の布や、ふるびた調度品のありさまであったりする。
こうした姿を観るだけで、この映画の醍醐味のほとんどを味わうことができたと言っていいのかもしれない。特別なものがない分、なおさら味わい深い。
物語や台詞はむしろ、この老人の魅力を引き出すための狂言回しのようなもので、深いと言えば深いが、きれいすぎるというか、高潔すぎるような感じもする。生活費の心配ばかりしている息子に潔くお金を与える場面や、死を怖がっていないようなことを言わせたりするのは、ちょっと出来すぎのような気がしないでもない。
また老人たちが麻雀を囲んで、えんえん愚痴を言う場面があるが、わたしにはちょっと辛かった。演じる老人たちも素人だそうで、やはり魅力があり見所なのだが、彼らが生きることの侘びしさや死の恐怖をだらだらと語る場面は、観ていて気が滅入った。老人がこれを観たらなおさらそうだろう。
こういうところは、もうすこしオシャレな表現をしてほしかったし、それなりの美意識を見せてほしかったが、野暮なほど真っ直ぐな表現をつらぬきたかったのかもしれない。