作者は版画家であり、その傍ら批評その他での文章での仕事もしている人なのだそうで、芸術評論家にありがちな純文学傾向の硬いが非常にこなれた文体というようなものが身に沁みついているらしいことが一読してわかる。そこらの文章家や娯楽作家が足元にも及ばないくらいに巧い文章なのだ。志水辰夫、花村萬月、高村薫、浅田次郎、とどちらかと言えばその文体で読者を虜にする作家がいるけれど、この柄澤齊は間違いなくこの範疇に入る。
その硬質で華麗な表現力を駆使して、生まれたのが
美術館を舞台にした絵と殺人の物語。最初はフーダニットの古典的ゴシック・スリラーかと思われるが、意外に早く回答されてしまう謎のすべてがあり、その後に冒険小説的なアクションがあり、大団円があり、と多くの人間たちが混同することなくくっきりと描かれ、一つの画家の伝説をめぐって、芸術的犯罪が締めくくられてゆく様子は、よくもまあここまで大きな法螺が書けたものだと感服。
創元が満を持して送り出した作品であることが首肯ける大作だし、この作品が醸し出す空気は、やはり創元らしくも思える。日本人作家でなくては味わえない日本語の美しさを堪能しながら、日常空間から幻想と美の世界に旅立つのに相応しい宇宙船のような不思議なこれは乗り物であったと思う。