ピカソはともかく、スペインという国は私にとって不思議な国だった。大航海時代にあれほど栄華を極めたのに、その後、これといったこともなく、大戦中・戦後の立ち回りは私には理解できなかった。この本を読んで、遅ればせながらやっとフランコの政治がわかった。そうわかってみると、書店や図書館のスペイン関連の本はそのように書かれているようだ。一つ賢くなった。私にとって、ピカソのこの絵がなければ（この表紙のこの本がなければ）スペインのここ１世紀の歴史を正しく理解できなかったところだ。ありがたい。天才芸術家の行動や情熱などは、凡人の理解の範疇を超えているので何とも解らないが、この絵のたどった歴史は考えさせられる。きっと、この絵はスペインにあってもゲルニカの地を踏むことはないだろう。そういうものだと思う。世の中は。

正直画質や音質はひどいものです。手持ちのホームビデオ一台で流し撮りしたような感じです。ただそれでもゲルニカのすばらしさは十分伝わってきます。戸川純のフリもいい味出してます。もうこれ以上の映像が残ってないのなら、ゲルニカファンはこれを買うしかありません。いささか消極的な選択になりますが・・・。

パブロ＝ピカソの名画【ゲルニカ】を、手元で鑑賞することができる事、又、名画が近くに感じられる商品でした。

− 都市の虐殺を免れた自由の木は、ゲルニカに向って立ち上がる −
これは、本作品の監督にして劇作家、フェルナンド・アラバールの戯曲『ゲルニカ』の副題である。

『死よ、万歳』『クレージーホース』とレビューを書いてきたアラバール映画、今回リリースの最後、３本目のレビューとなる。
'６０年代前半にパリで「パニック芸術運動」という前衛演劇を展開したアラバール。彼はスペイン内戦の最中に幼少期を送り、母によって父が反政府主義者として密告され、逮捕、脱獄、行方不明となる悲劇的体験をした。アラバール劇は、この幼少期の体験を深く引きずったトラウマとの果てなき格闘と云えるものだ。前２作は、自分の分身ともいえる主人公の、母への愛憎入り乱れる想いをスキャンダラスな映像表現の中で描いた、シュールでアヴァンギャルドな映画だった。
そして本作は、もうひとつのアラバールの側面 −「反戦作家」− 特に、ファシズムとキリスト教（カトリック）への、激しい憎悪すら感じるほどの強烈なアンチ思想が、これまたスキャンダラス極まりない映像で描き出された興味深い作品である。

スペイン内戦の最中。共和主義を標榜し、領主を倒すために立ち上がった民衆たちがいた。その村の名はラミロ。そこに、ゲルニカ空爆を逃れた一人の女性・バンダール（マリアンジェラ・メラート）が流れつく。全土を掌握しつつあったファシスト反乱軍は、ラミロ村の民衆を粛清するべき存在として、軍隊を差し向け完全包囲する。民衆を鼓舞し、徹底抗戦を呼びかけるバンダール。武力において圧倒的不利な状況の中、民衆は果敢にファシスト軍との戦闘に身を投じてゆく・・・。

まず、この作品の背景にあるものを整理しておきたい。
共和国政府は、スペインの旧態依然とした封建主義を覆した、いわば民衆寄りの政権。教会（カトリック）は、元来権力者と結託してその勢力を広げてきたので、抑圧された民衆にとって「敵」にあたる。共和国政権下で、教会は古い権力の象徴として弾圧（明治維新後、徳川政権が保護した仏教＝寺がたくさんつぶされた「廃仏棄釈」みたいなものでしょうか）されたため、共和国政府に対して反乱を起こしたファシズム政権に、教会は味方した。
スペイン内戦が起こった時、多くの国は世界大戦に発展するのを恐れてどちらの側にも加担しない立場をとったが、ドイツ、イタリアはファシスト政権に、一方ロシアとメキシコは共和国政府に味方した。そして、ドイツ軍による突然の空爆で街が壊滅状態になり、何百人もの市民が殺害されたのが、近代戦争の大量虐殺の象徴である「ゲルニカ空爆」−「アウシュヴッツ」や「ヒロシマ・ナガサキ」の先例と呼ばれた大事件だった。

道徳・慈愛の教えで知られるキリスト教がファシズムと結託するというのは、我々日本人にはにわかに理解しにくいように思えるが、まこと歴史というのは複雑なものだ。
古来ヨーロッパの土着的な宗教ではなかった、中近東に興った「よそもの」の宗教であるキリスト教が、やがてヨーロッパを席巻するに至った背景には、時の権力者に取り入った「政治的手腕」が高かったこともある。そして、王や領主がキリスト教に改宗すれば、当然民衆も改宗しなければいけない状況になる。
加えてキリスト教が狡猾だったのは、それまでヨーロッパ人が信仰していた古来の原始宗教の神々を「悪魔」とすることで、古い宗教を異端視し徹底的に排除していったことだ。異形の神々は、まさに権力者によって抑圧された民衆そのものの象徴でもあるのだ。
アラバールの母は、敬虔なカトリック信徒だったため、共和国軍の士官だった父を「共産主義の無神論者」としてファシスト軍に密告した。アラバールにとってキリスト教とは、ファシズムと同義語なのだ。劇中にも、ファシストが手を挙げて「キリスト万歳！」と叫ぶシーンがある。「フランコ」でもなく、ましてや「ヒットラー」でも「ムッソリーニ」でもなく「キリスト」である！
映画冒頭で、権力者である領主の打倒を掲げた村民たちがカーニバルに浮かれ騒ぐ描写がある。人々が被っている異形のマスク・・・！いきなり、原初的で生々しいアラバールらしい演出が炸裂するが、この奇っ怪な面の数々は、まさにキリスト教によって抑圧されてきた古代神たち。これは明白なアンチ・キリスト思想の宣言である。
実は、英語版ウィキペディアによると、アラバールは「牧神パン」にインスピレーションを得て「パニック芸術運動」を始めた、とあるのだが（パンもキリスト教以前の古ヨーロッパの神）、パンのどんなところにインスパイアされ、それがどんな形で彼らの運動に影響を与えたのかが説明されていない。規律と道徳にがんじがらめのキリスト教と違い、本能的で野生的な牧神パンに一種のシンパシーを感じていたのだろうか。
とまれ、反戦＝反ファシズム＝反キリスト教。これが本作を読み解くアラバールの方程式である。

舞台であるラミロ村は、『死よ、万歳』のヴィリャ・ラミーロと同じ名前で、これはアラバールが幼少期を過ごした村のイメージを投影した、「架空の故郷」。おそらく、「弾圧された民衆の思い」がこの名前にこもっているのだろう。
本作は、前２作と比べると戦争映画（レジスタンス系）の趣が強く、銃撃戦や爆発などの戦闘シーンが非常に多い。そして、前２作で全篇に亘って炸裂していたクレイジーなイメージ演出は、やや抑え気味になっているが、それでもアラバール節は健在（笑）。いや、「アンチ・キリスト」的な描写においては、筆者が今までに観たどの映画よりも過激だと言わせていただく。
ロケはイタリアで行われたらしく、そうした背景も手伝ってか、今回の作風は「ネオ・リアリスモ・ミーツ・パゾリーニ」という感じで・・・って、パゾリーニもネオ・リアリスモじゃないの？と突っ込みの方にもう少し詳しく説明すると、いわゆる社会派反戦映画のような、ニュースフィルムを交えながらの一見硬く見える側面と、パゾリーニの『アポロンの地獄』や『王女メディア』あたりの祝祭的な生々しさが渾然一体となった、これはもうアラバールにしか撮れないような極めて個性的な作風なのだ。

リアルなようでいて、やっぱりシュール（笑）。
古代神のご神体のような、ちょっと言葉で説明できない原初的で奇怪なオブジェを引きずっていく、全裸の子供たちの姿や、骸骨の山の中に一人座る裸の幼児。
ヒロインのバンダールを手篭めにしようと小屋に追いつめた男たちが、蛇（！）を手に毅然と立ち向かう彼女の姿に幻視する、古代の巫女？のイメージ（生贄の鳥や、古代神の石像などがフラッシュバックする）。
異形の神々と踊るヒロインの姿は、巫女（反キリスト）＝女闘士（反ファシズム）という、アラバールならではの奇妙な二面性を帯びている。
本作は、アラバールのどの作品よりも小人の俳優が多く登場する。その小人たちのエキセントリックな描写の数々・・・特に、聖母マリアの像とファックするシーンの衝撃。
そして、手、頭部、胴体、足・・・と粉々にされてゆくキリストの像・・・！ブニュエルの『銀河』では、法王がテロリストに銃殺されるというショッキングなイメージシーンがあったが、本作の反キリスト教描写は、もはや風刺・皮肉の域を超えて激しい憎悪すら感じる。ここまであけすけに、そして臆すること無くアンチ・キリスト思想を描いた映画はチョット観たことない。
映画ラスト、ファシスト軍に村民が次々と処刑されていくシーンでは、スペイン名物の闘牛のパロディーもあり、荷車に括りつけられた小人を、マタドールが牛のかわりに矢と剣で貫いていくシュールな描写もある。そして、衣装とかもちょっと変で・・・、死刑執行人たちは、ヘルメットに、精肉店のオヤジのようなエプロンを、裸の上にじかに着ているという、これまた生々しいビジュアル（笑）。

戦闘シーンに関しては、エンターテイメントとして撮られたＢ級戦争映画のような、見世物的な面白さではなく、戦争の悲劇性を強調した演出になっている。インディペンデントであろう映画製作体制の中では、おそらく予算も厳しく見ていて苦しい描写も（飛行機は、機影を一切見せず、コクピットの寄りの画と音のみで表現していたり）散見するが、本職の映画監督でないアラバールが、３作目にしてここまでやったのはむしろ健闘したといえるのではないだろうか。
映画全体の印象としては、今回リリースされた３作品の中では最も異色の出来だと思う。前２作は、主人公の存在が明白で、その内面を混沌とした映像表現で描いていたわけだが、本作は群像劇とも捉えられる描き方をしている。地位を追い落とされた領主、その息子で、父に逆らう反権力思想の息子、一方でファシストの尖兵となるいとこたち。民衆の側にいながら、逃げてきた領主を匿う平和主義の学校教師。人物も多様で、決してシンプルな描き方ではないのだが、一人ひとりのキャラクターの内面が描写不足のため、感情移入できるキャラクターがいなく、映画の世界に入って行きずらい。徹頭徹尾、ひたすら客観的に映画を観ている感覚のまま、という印象が強かった。ヒロインのバンダールにしても、彼女が抱えた悲しみ、怒りといったものが深く描かれていないので、エキゾチックで神秘的な風貌が魅力的な一方で、最後まで感情移入できない残念さが残る。

タイトルにもなっている「ゲルニカの木」は、ゲルニカの街に代々植樹されてきた、「自由」を象徴するオークの木の事で、1860年に植えられた３代目の木は、ゲルニカ空爆にも耐え、生き残った。「ゲルニカの木」は、反戦と、決して屈することのない自由の象徴としてスペイン民衆の心の支えになった。
ファシスト側のキャッチコピー「死よ、万歳（ビバ・ラ・ムエルタ）」とは、「国民が半分に減ってでも、反抗分子は徹底的に粛清する」という意味が込められた言葉だ。アラバールは、これに対する抵抗として、たびたび戯曲の中で「風船」を死んだ人間の魂の象徴として、惨劇の中に一抹の希望を、肉体は滅んでも、解き放たれた魂は空高くどこまでも舞い上がり、ファシストの銃弾も届くことのない自由と誇りの象徴として描いている。アラバールの描く物語は、現実への屈服ではない。
村人たちが虐殺されても、バンダールは生き延び、再びどこかへ逃げ落ちてゆく・・・反ファシズム＝反キリストの象徴である巫女的なヒロインは、最後「聖母」のイメージをまとっていく。
本作は、そうしたアンビバレンツな皮肉がこめられつつも、激しい空爆にも決して倒れることがなかった「ゲルニカの木」を彼女に投影した、アラバール流の反戦歌なのだ。

美大を受けても受けても合格しなくて腐っていた僕に、イシバシ君が貸してくれたレコードが、このゲルニカの『改造への躍動』である。カセットテープにダビングした楽曲をウォークマンで繰り返し繰り返し聞きながら、その偽史としての「戦前」を楽しんでいた。

その数ヵ月後に、テレビにお尻だって洗ってほしいと戸川純が出てきて、僕らのイメージしていた歌姫とのギャップに悩んだものだった。

ところが、今回、ブルースペックCDとして再発売された。音質は良くなっている、とのこと。しかも紙ジャケ仕様で、LPジャケットの質感も楽しめる。

30年を経ても、過去は新しく、未来は懐かしい。少しもゲルニカの魅力は衰えていない、オススメです。