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うちにかえろう~Free Flowers~
川上三枝子さんは未映子と名前をかえて、「瞳バイブレーション」「はつ恋」などの新曲を出してますよ。つい最近も「夢みる機械」というアルバムCDが出たばかりです。
この「うちにかえろう」のジャングル・ブギーなんかもエネルギッシュでよかったですが、新作はバラード調の違った魅力でいい感じなんで、おたけさんもぜひ聴いてみてくださいね。

 

乳と卵
豊胸手術を目指す母親と初潮に苦悶する娘を通して、女性のレーゾンデートルを問うた意欲作。その試みは、女流作家故に可能だった冒険ともいえる。
大阪から豊胸手術を受けに東京へやって来る母親と、母親に心を閉ざし、ノートを用いた筆談で挑戦する娘、そして、そんな二人を泊める母親の妹(娘の叔母)の、それぞれの心模様を、乳房や生理といった女性特有のものをモチーフに、大阪人気質でノリよく描く。
「自己実現」の母親、「自己嫌悪(性嫌悪)」の娘、それらの聞き手であり、同時に物語の語り手でもある主人公。この三者のパワーバランスの案配には、著者の文学的機知を窺わせる。また、オブザーバーを敢えて語り手とし、女性としての「生」と「性」の狭間に揺れる娘の葛藤を本人の日記という形式で断片的に挿入した、構成の技巧には感嘆させられる。
文学性自体は評価できる。たが、それは、中盤までだ。長らく隔たりのあった母親と娘が、娘の突然の爆発による卵の頭への叩き付けという、何とも歪なきっかけで和解をし、結局、説得力のある説明もないままに、母親は手術もせず娘共々帰ってゆく…。これでは尻切れ蜻蛉もいいところではないか?昨今の純文学には後半から失速する傾向が多々あるように見られるが、これもそれを逃れられなかったのは惜しい。
関西弁の饒舌文体。これについても、正直なところ、歓迎できない。この作品はこの文体でなければ書けなかったのだろうが、それにしても、読み手あっての文学たれば、ストーリーテラーの語りと登場人物の台詞との区別、句読点の適所への配置には配慮が欲しかった。
好きなタイプの作風では決してないのだが、それでも、この著者には並々ならぬ才知と将来性を感じるのも、また、事実だ。「歯」というホップ、「乳」というステップに続くジャンプに、今後期待していきたい。

 

わたくし率イン歯ー、または世界
 歯科助手として働く語り手が、わたしとは奥歯であるという信念(というほどでもないが)のもと、青木なる恋人にせっせと恋文を書いたり、未来の子供に「お母さんは」と言って手紙を書いたりしながら、大阪弁の地の文で怒涛の展開を見せるという小説。言葉のスピード感は、芥川賞選評で山田詠美が言っていたように、面白いものがあり、個人的にはネタばれしている『アサッテの人』よりも小説として面白く読んだ。とくに、喧嘩したら、奥歯(つまり「わたくし」)を見せ合って、それで仲直りするという約束というか物語を作る、というモチーフをもっと掘り下げていければ面白かったように思う。

 残念なことに、小説は、語り手の青木に対する思いが一方的な妄想であり、それが青木ととくにその恋人の強烈なミナミ訛りの大阪弁によって暴露されていくという展開をとる。小説の主題は、そこでいじめとその苦痛というテーマになり、語り手は幼少期からずっといじめられ(歯科医院でもいじめられている)、中学で青木に『雪国』の「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」には主語がないという言葉に感動して、苦痛を超越した主体のない(「わたしく率ゼロの」)境地を目指すことを気づくのだが、奥歯が「わたし」だというのも、語り手は虫歯になったことがなく、歯痛というものを経験したことがないので、唯一苦痛を感じない奥歯を「わたし」とし、そこに苦痛を集めることで、苦痛を耐え忍ぶためだったのである。

 この苦痛を集めた奥歯は抜かれる。小説はこうして西田幾多郎的純粋経験の世界を志向して終わってしまう。このエンディングはある意味ネタばれしていて、この小説の言葉の力を縮減しているが、さらに最後にでてくる「無歯症」(永久歯が生えない病気)かもしれない子供のエピソードが、「わたし」の欠如した、つまりは痛みを感じる主体を書いた世代の登場を微妙に予言しているようで、この純粋経験への言及を相対化しているようにも見える。つまり「わたくし率ゼロ」で奥歯のない存在が、この作者によって肯定されているのか否定されているのかは宙づりになっているのだ。

 川上未映子は興味深い作家である。もうすこし思想的な深化をみせ、モチーフを丁寧に展開する技量をみがけば、彼女のもっている言葉の力は充実した作品となって結実するように思われる。いずれにしても新しい日本文学の曙光を感じさせる作家である。

 

未映子 - 悲しみを撃つ手



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川上未映子 情報


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