当初は「指揮者アーノンクールが協奏曲を録音するときのピアノ奏者」で、次いで「近現代音楽のすぐれたピアニスト」であったエマールが徐々に活動領域を広げて、ついにロマン派のピアノソロ曲をリリースするようになった。もともと、彼は私の中で、アーノンクールと録音したベートーヴェンやドヴォルザークを聴いた限りでは、「楽譜に忠実だけれども、没個性的な面もある」と感じていた。けれども、ここに来てその評価がいい意味で覆った。
これは2006年、ウィーンでのライヴ録音。まずこれに驚く。おそらく、教えられずに聴いただけでは、「スタジオ録音」だと思ってしまうのではないか?それほどこの録音はノイズがないし、演奏は万全にコントロールされている。ライヴだからといって熱したりせず、それがこのピアニストの近現代もので見せる理知的なパフォーマンスと繋がっているというのはあながち穿った考えでもないと思うけど。それにしても見事なテクニックである。
演奏のスタイルはきわめてシャープだ。音の膨らみを警戒し、肉付きを排し、細やかな音によってつむがれたガラス細工のような音。その音によって、微細な和音や分散和音のコントロールを行っていて、ぐっと聴き手の耳をそばだたせる。ある意味クールすぎる演奏かもしれないが、決してつまらない演奏ではなく、きわめて美しい。例えば交響的練習曲の第5変奏の、万華鏡のように細かい破片を幾何学的に散りばめたような音の特異な美しさは、他の演奏では感じられなかった性質のものである。
好きな人はとことんハマる演奏だと思う。
ただし、最後の曲の終わり方が・・・こんな曲だったかしら?とちょっと残念
現代曲といえばとっつきにくく抽象的なものとか、緊張を強いられるものが多い中、この曲集は 意外にリラックスして楽しめる。私は本を読むときのBGMによくかける。練習曲というだけに凄みのある 曲もあるのだが、可愛らしいと思える曲も何曲かある。
実はローザンヌ国際バレエコンクールのBGMに使われていたピアノ曲を聴いてリゲティに興味を 持ったが、このハンガリーの作曲家はとても耳馴染みのよい音楽を作るのがうまい。具体的なメロディーの ある曲はほとんどないが、ついふっと引き込まれてしまうような響きや音型が出てくるのである。
同じハンガリーの作曲家バルトークのたとえばミクロコスモスのようにこれが本当に子供のための曲かと 思えるような小難しさは一切無い。感覚的に理解できるのだ。聴き手のイマジネーションに訴える曲が 多いが無理強いはしない。一方でムジカ・リチェルカータのような実験的な曲集でもすんなりと受け入れ やすい運動性や楽しさがあるし、最後の曲などはバッハの平均律第一巻・第24曲のような精神性すら感じ させる。とにかく幅広い趣向を持った曲たちなのである。
録音も良く、ほの暗い背景をバックに最高音から最低音の余韻まで美しく解像度高く立ち上がってくる (たぶんスタインウェイの)音は想像力に満ちた世界を提示してくれる。響きのセンスも非常によい。
響きの色合いの変化を聴くだけでもこの盤の価値がある。
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