この作品はエンターテインメントではなく文学であるから、必然的にテーマが似ている大岡昇平の「野火」と比較することになるだろう。正直な感想を言えば、芸術作品としての質という点では、この作品は全く「野火」には及ばないと言わねばならないだろう。人物が多少都合良く描かれているし、なによりどうしようもない状況を描いている割に、人物にヒロイックさが感じられることが気になった。
しかし、それはともかく、私が気になるのが「何故彼が“戦争”を描いているのか」という点である。現在、太平洋戦争を題材に小説を書く作家は、愚劣な三文作家以外には殆どいないだろう。それは当然で、時代の隔たりによる書き手、読み手のリ
アリティーの希薄化があるからだ。エンターテインメントならいざしらず、文学的なアプローチで「戦争」「極限状況」を描くことは現代作家にとって非常にリスキーである。
しかし、古処氏は「戦争」、「極限状況」を描く。しかもかなりの濃度で。それは彼の作家としての才能だけではなく、この題材に我を忘れるくらい没入したことによって達成されたとしか思えない。それを考えると多少の気味悪さすら、私は感じてしまった。私は彼の作品を初めて読んだが、他の作品も是非読んでみたい。
南西諸島の孤島の空自の通信基地。僻地のため司令自ら地域住民との交流を重視し良好な関係を保っていた。そこでおこった小銃消失事件。
調査部のコンビが送り込まれる。事件は外敵にさらされても法規制により何もできないことに不満を感じた若手が問題提議のためにあえて起こしたものだが、自衛隊自体のアイデンティティの矛盾がその根源にある。サイドストーリーとして在日韓国人と旧軍、自衛隊の関係も語られる。エンタメとして一定レベルの上に、重いテーマに挑んだ意欲作。Bの上。