読んでみての感想は矢張りどえらい本だった。インドを一人で旅することだけでもなかなか大変なのに、何と山松氏は単身インドに乗り込み(六十近くになって初めての海外旅行というのも感動的!)、そして日本の劇画をデリーでヒンディー語に翻訳し(
英語じゃないところが圧倒的に偉い)、インド人に印刷させ、さらに路上で売り捌こうとしたのだ(実際には、努力のかいもなくほとんど売れなかった)。それにしてもマンガに頻出するヒンドゥ語のやりとりは何とも楽しい(ナヒーン!)。・・・日本にも型にはまらない実に偉い人がいるものだとつくづく感じた。また、インドを長期旅行する人は少なくないとしても、六ヶ月でここまで深くインドと関わった人はいないに違いない、と思う。
ところで山松氏がインドで売り捌こうとした平田弘史氏の劇画『血だるま剣法・おのれらに告ぐ』は1962年、部落開放同盟
大阪府連の抗議で長く闇の奥に葬り去られていた問題作だ、と多くの人が指摘する。しかし、『血だるま剣法』は、今読み返してみるときわめてヒューマンな差別反対の書であるのは明らかで、差別の救いがたい暗闇(一例をあげれば差別戒名に見て取れるような)を隠し持っているわけではない。『血だるま剣法』は、問題作というよりはそういうヒューマンでナイーブであるがゆえに
大阪府連の抗議をうけたのであろう、というのが僕の感想だ。
山松氏は、そういうきわめてヒューマンでナイーブな差別反対の書、『血だるま剣法』をインドの路上で売り捌こうとした。すごく発想が面白いと思う。差別が、制度・歴史・文化として確立している国へ、ヒューマンでナイーブな差別反対のマンガを突きつけインド人の抗議を期待したのか(かの地で発禁処分にでもなれば本望)、あるいは、差別が露出した国におけるヒューマニズムにある種の連帯を呼びかけようとしたのか、僕としてはいろいろと考えてみたくなる。
パート2は期待はずれが多いものです。たしかにこの本も残念ながらそんな感じ。パート1よりインド慣れした目線で書かれている様子。
今回は、漫才とカレーうどん屋台をデリーで挑戦した経験を描いておられます。ひとつに絞ってない分、どちらのチャレンジ体験も中途半端で散漫なかんじで中身が薄いです。そもそもチャレンジ自体がネタ目的かな?あまり真剣度が感じられない。(それでも実行したのだからたいしたものです!それもスラムで!)前作は、著者の本職の分野の漫画の出版に奔走する姿に焦点をあてていて面白かったのに残念。
それでもインドネタは面白かった。長距離
列車に乗ったエピソードに、トイレの話などはまさに私が興味あったところでもあり満足しました。そのエピソードの数々が、さっぱりとしていながらも緻密な作画力で書かれているからリアルで楽しめます。こういうのは文章だけの旅エッセイだとインパクトないですから。そして、普通の感覚なら相当きついであろうと思われる状況を、楽観的なあっけらかんとした明るさで捉えで描かれてます。暗い恨み言があまり出てこないのは著者の豪胆な人格でしょう。
巻末のインド人向けに描いたという短編マンガはよかった。ショッキングでもあり、じんときます。(現地で売れるといいですね、、)それ以上に豪胆というかオープンというか命知らずな著者のインドでの生活ぶりに脱帽です。私も一回だけインド旅行しましたが、面白かった半面、女性一人旅で何かと不愉快だった点があったので余計に。