日影丈吉は宝石からデビューした作家の中でも異色な存在だったと言えるだろう。「かむなぎうた」入選で乱歩に賞賛された経緯で既に齢40を過ぎている、遅咲きのデビューであるが実はそれ以前に
フランスへ遊学していた時期があった。影響は作風にも強く現れ日影独特の世界観と妖美な幻想世界を裏打ちし、また多くの熱狂的ファンを獲得してきた。本品はP500超のやや厚めの文庫本として構成され全16作品はどれも珠玉の名作揃いであり、日影の短編集としては申し分ない出来栄えと言っていい。中でも幻想ミステリー作品列座の中で、敢えて「吉備津の釜」を収録したのは素晴らしい。他の作品と比較すると一風変わっているが筋書きの秀逸さでは一線を画している。是非一読して頂きたい作品ではある。
かむなぎうた
狐の鶏
奇妙な隊商
東天
紅飾燈
鵺の来歴
旅愁
吉備津の釜
月夜蟹
ねずみ
猫の泉
写真仲間
饅頭軍談
王とのつきあい
粉屋の
猫吸血鬼
『狐の鶏』と『幻想博物誌』という動物に材を取った二冊の短篇集の収録作に、単行本未収録だった「熊」を加えた十二篇入りの一冊。さらに、『狐の鶏』『幻想博物誌』それぞれに登場した動物を総登場させるという趣向の、「天王寺」、「夢ばか」という掌篇がおまけとして載せられている。
正気と狂気、現実と夢幻、生と死…それらの境界を融解させる作者の手腕が光る。「狐の鶏」「オウボエを吹く馬」「月夜蟹」にその傾向が強く感じられ、特に優れた作品であるように思われた。「狐の鶏」では夢と現、愛と憎しみが田舎の村独特の因習や人間関係と絡み合いながら錯綜する。「オウボエを吹く馬」は貴族の屋敷を舞台に、馬の怪物と
薔薇の花を鍵として殺人事件が解き明かされる、不気味ながらも哀しい話。「月夜蟹」は精神を病んで海辺の町で療養している主人公の元に絶世の美女が現れ、蟹と蛇が争うという民話を下敷きに幻想的で啓示的な物語が進んでいく。ちなみに、収録作の半分ほどは謎めいた殺人の起こる、推理ものと言えなくもない作品となっている。
正直なところ、物語として成功し難いとさえ思える、何でもない筋立ての短篇も少しは含まれる。しかし、そのような作品にさえも、必ずと言っていいほど本質や美を見事にとらえる描写が含まれるので見逃せない。そういった意味で、日影丈吉のどんな作品を読んでも損はないのではないかと考えている。大いに信頼のおける作家である。