アリス=紗良・オットの
「ワルトシュタイン」を聴いて、彼女は楽曲を、焦点を一点にしぼって演奏するタイプではないかと私は思った。「ワルトシュタイン」では第3楽章が良い。「展覧会の絵」では「キエフの大門」が良い。(アマゾンのカスタマーレビューに「左手のアタックで、ピアノの弦が『ビーン』と唸るのを始めて聴きました」と書いてあるのに共感!)
このアルバムは大音量で聴くと心地よい。ライヴレコーディングでありながら録音が良い。リーフレットの最後のページに「Recorded and mastered by BKL Recording Group GmbH, Luneburg」と書いてあるが、この「BKL Recording Group GmbH」というのをグーグルで調べてみたが得体の知れない会社だった。しかしすぐれた技術を持つ会社と思われる。
たまげたのは、シューベルトの D 850 である。
シューベルトの D 850 のほうは焦点を一点にしぼってない。最初の和音と主題からして良い。
第1楽章は大音量で聴くと迫力あり。そして終楽章を締めている。
「この人は、いつの間にこんなに成長したのか」と思って、
アリス=紗良・オットのプロフィールをウィキペディアで調べてみたら、生年1988年8月とある。ということは、現在満24才! 録音当時満23才!
私は、シューベルトの長大なピアノ・ソナタの良さが分からなかった。ベートーヴェンのピアノ・ソナタは「第1楽章で一発ぶちかましておいて、中間楽章でひと呼吸おいて、最終楽章で締めくくる」というパターンが多いが、シューベルトは D 850 においてベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ」における上記パターンを打ち破った。この作品においてシューベルトはベートーヴェンを超えている。そのことを、彼女の演奏は、私にはじめて教えてくれた。
内田光子盤と
アリス=紗良・オット盤を聴き比べてみると、内田は
アリスより格下じゃないかとさえ思えた。
アリスと内田の違いは打鍵の違い。第1楽章冒頭の和音「D-Fis-A-D」2回目は「D-F-A-D」<--- この呈示部開始においてすでに両者の打鍵の運動量の違いが分かる。
アリスの演奏は打鍵の運動量によって各楽章の形式が生きている(ソナタ形式、ソナタ形式、スケルツォ、ロンド)。
村上春樹氏がこのソナタを高く評価するのは、(ありきたりな言い方だが)何度聴いても飽きないからだろう。内田盤は飽きる。この作品は、パワーが要る。
アリスの弾く第4楽章、ト長調に行くところは「もうやめてくれ」と言いたくなるほど美しい。