Franz Schubert, Piano Sonata in E maior (D.459) -- András Schiff

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レコード芸術 2011年 07月号 [雑誌]

 クラシック雑誌はどのみちネタ切れだ。一批評家を大々的に特集するとは新しい意匠で、私は面白いと思った。97歳でこれだけ明晰に話せ、書けるというのは素直にすごい。ギネスものではないかと思う。アメリカには100歳を超えて作曲しているエリオット・カーターみたいなのがいるとはいえ、だ。スーパー老人たち。

 問題は、吉田秀和のどこが、なぜ偉いのか、納得させてくれないことだ。偉いことが前提になっている。新著の「永遠の故郷」は、最初から「未曾有の傑作」ということになっている。そして、「吉田秀和賞受賞者」たちが吉田に捧げる歯の浮くような美辞麗句・・・読んでいて吐き気がしてくる。業界的配慮の塊りのような文章群で、繰り返し使われる「批評」という言葉が皮肉のように届く。

「永遠の故郷」を読んではいないが、小林秀雄晩年の「本居宣長」が出版された時を思い出す。大家の晩年の作、誰も文句が言えない、大傑作に違いない、という空気。私は読んだが、そんな面白くなかったぞ。でも、文句が言えない。批評家が「批評」を無力にする皮肉。どうせどっかの文学賞がついてくる・・・。そして静かに忘れられていく。批評家の銅像は建たない、と言ったのはゲーテだったか。

 吉田秀和の文章はもちろんたくさん読んできた。別の評者も指摘する「かしら」文・・・フェミニンな文章で、ときどき気持ち悪いが、読みやすく、ためになった。読者として感謝してます。だが、要するに解説の人、紹介の人で、モーツアルトの交響曲を編纂しなおすような学者的業績があるわけではなく、国境を越えて影響力をもった文人でもない。音楽や演奏家の選択も穏当さが特徴で、ひとことで言えばディレッタント。山の手文化、都会派の文化エリート、高等遊民、旦那芸、啓蒙主義、微温的、お上品、お金持ちのご趣味的な、要するに朝日新聞文化部的なかほり。それのどこが、それほど、偉いのか。

 特集を読んで、なんとなく分かるのは、批評家としての偉さというより、自ら「アドミニストレーションの仕事を押し付けられてきた」と言う、その業界の隠然たるアドミニストレーターとしての役割だ。ヴァン・ウォルフレンが指摘した、日本の秩序の守り手としての非権力者的な権力者。スポットを浴びる武満徹や小沢征爾の背後で、官僚的目配り手配りで日本のクラシック界の秩序とイメージを保守しつづけた、その力の大きさではなかったか。

 そうした役割を否定的に評したいわけではない。その存在の意味を、雑誌として音楽社会学的(そんな学問がたしかあったろう)に読者に示してほしかった。



ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 VOL.8

シフによるベートーベン最終巻。
これまで彼がベートーベンと向き合ってきて最終的に表現したかったのは「歌」だと実感。
精緻でかつウエットなクリスタルの様な響きを存分に生かし、ベートーベン晩年の「歌」を見事に歌い上げたシフに脱帽。

それは意味のないルバートや独りよがりのダイナミズムとは無関係の、ただただ楽譜に真摯に向き合ってしか得られない純粋なフレーズ。
しかし、演奏が終わった後の静寂の中に残る余韻はなぜか清々しい秋晴れの空の様だ。
凄いですよ、これ。



Bach: Das Wohltemperierte Clavier

孫娘へのプレゼントでしたが、その母親とともに 大喜びしてくれたから。



Diabelli-Variationen

ハンガリーのピアニスト、アンドラーシュ・シフ(Andras Schiff 1953-)は2004年から07年にかけて、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)のピアノ・ソナタ全集を録音した。その際、シフが弾いていたピアノはベーゼンドルファアーで、現代ピアノの特徴を活かした、瑞々しい、陰影のくっきりした見事な全集となった。

それからしばらく経て、2012年録音の当アルバムがリリースされたわけであるが、これがまた不思議な内容である。CDは2枚組で下記の内容だ。

【CD1】
1) ピアノ・ソナタ 第32番ハ短調 op.111
2) ディアベルリの主題による33の変奏曲 op.120
 1921年製ベヒシュタイン・ピアノ使用
【CD2】
3) ディアベルリの主題による33の変奏曲 op.120
4) 6つのバガテル op.126
 ベートーヴェン・ハウスのフォルテピアノ(1820年頃製造)使用

 
さきほど「不思議」と書いたのは、別の楽器を用いて「ディアベリの主題による33の変奏曲」を2種も録音したにもかかわらず、シフ本来の愛器であり、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集に用いたベーゼンドルファアーを用いた録音が存在しないことにある。

ということは、本アルバムの主旨は、シフによるソナタの全集とは別に、「ベートーヴェンの最晩年のピアノ作品を、当時のピアノ、あるいは少し古いピアノの音で楽しんでみよう。ついでにディアベルリ変奏曲については、両方で弾いて、響きを比べてみよう」ということになる。

さて、ピアノ・ソナタ第32番については、シフの2007年録音のベーゼンドルファー盤があるので、そちらと今回の1921年製ベヒシュタインの間で比較もできる。

基本的に解釈は変わっていない。シフのアプローチは共通していて、それは当盤に収録された2つのディアベルリ変奏曲の間でもそうである。シフは、一つ一つのフレーズを明瞭に打ち出し、末尾のキレ味の鋭い音を用いて、フレーズの間隙をも明瞭に形成させる。くっきりした陰影を導きながら、音響をきれいに分け隔てていて、あえて不連続なところも設けている。

しかし、やはりどうしても楽器の制約面が大きくのしかかった感がある。シフのこのようなアプローチは、ベーゼンドルファーのような豊かな音量のある楽器があることで、一層の効果を挙げていたのであるが、今回の録音では、特に高音の細さや軽さから、今一つ「冴え」を感じるところまで結びつかない。

ソナタ第32番をあらためてじっくり聴き比べてみた。やはり2007年録音のベーゼンドルファーの方が、(少なくとも私には)はるかに魅力的に響く。

私は、シフが2001年にベーゼンドルファーを弾いて録音したバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の「ゴルドベルク変奏曲が大好きで、正直言って、ディアベルリ変奏曲を録音すると聞いたとき、ゴルドベルクのような豊饒な幸福感を連想し期待した。しかし、このディスクは、そもそもの指向が違ったようである。

確かに美しい部分もあるし、ベートーヴェンの晩年の作品が書かれた当時、ピアノはどんな響きだったのか(とは言っても、この時代のベートーヴェンは、ほとんどその響きを聴きとるだけの聴力はなかったのだが・・)といった興味を満たすことは出来るのだが、私は、再度、「それでは、シフが、いつものようにベーゼンドルファーでディアベルリを弾いたら、どうなるの?」という問いかけの回答を求めたい。シフには、ぜひその録音を実現してほしい。



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