もう30年以上に発表されたアルバムですが古臭さを感じさせません。
ジャケットもセンスが良く(確かLPの歌詞カードは薄いピンクで天使の絵が・・)、大ブレイク直前のアルバムでした。 一曲一曲が素晴らしく、且つ一貫性があり、今も無性に聴きたくなります。
洋裁で生計を立てている叔母、それを手伝う祖母と叔母の妹にあたる母、突如失踪する父にまつわる遠い思い出と、自分のもとを去った女の生々しい記憶とが錯綜する形で、作家である「私」の語りが展開していきます。
そこで語られる、叔母の洋裁の仕事の細部や彼女たちが話すさまざまなお話の断片がとても魅力的です。「何もないのに細部の魅力に圧倒される」(山根貞男)という小説です。
ものすごく緻密な描写が、逆に現在におけるその対象の不在をまざまざと感じさせ、「切ない小説だなあ」と思っていたら、そうしたことが語り手である「私」の感慨として後のほうで書かれており、そうした安易な感想を厳しく取り締まる用意周到さに驚きました。
私は、たとえば『軽いめまい』にきわめて高度な形で表現されている、日々の生活の薄気味悪さ、とりとめなさ、になんだか惹かれるのですが、この作品でもそのあたりの描写がいい感じです。
『柔らかい土をふんで、』がお嫌いでなければ、是非。最初はとっつきにくい印象かもしれませんが、読み進めていけば徐々にいくつか話の系が見えてきて、物語のかたちが現れます。