実力には定評のある伊藤君子さんが、津軽弁を駆使してスタンダード・ナンバーを歌っています。全6曲、27分弱の収録時間ですが、どの曲も完成度が高くて、ヘビー・ローテーションしているCDの一つです。
arr & pf は大石学、bassは坂井
紅介、drは海老沢一博のトリオもご機嫌の
ジャズを披露しており、企画のユニークさはその通りですが、決して際物ではない上質の
ジャズだと言えるでしょう。
伊藤さんは各曲とも少し発声を変えて味わい深い津軽弁で歌った後、
英語でストレートに歌う変化もまたこのアルバムの醍醐味だと思っています。
冒頭の「My Favorite Things(私の好ぎなもの)」は大石学の印象的なピアノから始まります。
小豆島出身とは思えない伊藤さんの津軽弁はまるで
フランス語か北欧の外国語のような雰囲気をまとわって聴こえてきます。後半の
英語での歌詞の部分のスピード感は素晴らしいものがありますが、それでも全曲津軽弁で聴きたいと思わせるほどの完璧な歌唱ぶりが最大の魅力でしょう。リーフレットには歌詞と標準語訳の両方が掲載してありますので、対比して聴くことできます。
「Summertime」のアンニュイな香りが伝わってきます。ここでも津軽弁の味わいが日本の故郷の原風景を感じさせます。切なくて悲しさが感じられます。発声に工夫を凝らしていますが、どこか津軽民謡の味わいも感じられ、世界の
ジャズ・シーンではこのアルバムでしか聴くことのできないオンリー・ワンの世界が展開していました。
「Fly Me To The Moon」もどこかしら意味が伝わってくる可愛らしい歌詞が印象的です。
英語の歌詞のほうが、言葉を聴き取れるという不思議な体験ができる津軽弁の
ジャズでした。
圧巻は、伊奈かっぺい作詞、歌唱によるオリジナル曲「別離(へばだば)」でした。歌詞の意味はリーフレットを見ないと全く分かりません。伊奈かっぺいのしみじみとした歌唱が悲しさと温かさとが混在して伝わってきます。津軽弁のブルースのようでもありますし、演歌のようでもありました。伊藤君子さんがハーモニーをつけている箇所「ヘバダバ」がまるでスキャットのように感じられました。
「へばだば」って「さようなら」の意味なのですね。良い曲と出会いました。
歌に対するその姿勢がそのまま現れているのか、天性のものなのか、・・・ 彼女の声には、真摯な少女性と、すべてを許し包み込む母性の両方が同時に存在しているようです。そして、こんな表現を許して貰えるのならば、ナウシカ的、あるいはジャンヌ・ダルク的と呼んでも良いような人に対する特別の吸引力、磁力をも備えています。・・・ ・・・ 覚束ない表現で申し訳ないのですが、このライブ映像を一度、観て、聴いて貰いさえすれば、その素晴らしさはすぐに理解していただけると思います。日本の歌手が、歌詞こそ
英語ながら、日本的であることを隠すどころか、堂々と表に出し、しかも、
ニューヨークの舞台で、その地の人たちを魅了している。ただ、そのことだけでも、どんなに素敵なことか。・・・ 誇りにすべき女性だと思うのです。
伊藤君子さんが
ジャズ歌手としてデビューした当時のテイチクでの録音の中から2012年1月に発売されたベスト・アルバムです。いずれも30年近く前の収録曲ですが、全く古さは感じさせませんし、歌唱は完璧です。これまでLPでしか聴くことのできなかったアルバムのベストですから物凄く価値のある発売でした。
彼女のデビュー・アルバム(30代半ばでの
ジャズ・デビューでした)の1982年発売『THE BlRDLAND』からは(3)(5)(6)(7)(11)(12)の6曲が、2枚目の83年発売『THE WAY WE WERE』からは (2)(4)(8)(9)の4曲が、3枚目の1984年発売『A SONG FOR YOU』からは(1)(10)の2曲が収められ、ラストには米ラジオ&レコード誌のコンテンポラリー・
ジャズ部門の16位に入った“FOLLOW ME”(日本人の女性ヴォーカルとしては初です)が収められていました。この曲は押井守監督の映画『イノセンス』のエンディング曲でもあります。
スイングジャーナル誌では1988〜96年の女性ヴォーカリスト部門第1位を獲得している実力者ですし、その素晴らしさは多くの曲で実感してきましたが、30年前の歌唱の水準がこれほど高いとは想像できませんでした。
どの曲も完成度が高い訳ですが、例えば、5曲目のジョアン・ジルベルトのボサ・ノヴァの名曲“No More Blues”のスピード感とビートは聴きものでしょう。軽やかで巧みな歌唱はリスナー皆を魅了するものです。
6曲目“ ’Round Midnight”での
バラード唱法も味わい深く哀愁に包まれていました。ラストの絶唱は大御所の雰囲気さえ漂わせています。
7曲目のウェザー・リポートでお馴染み“Birdland”も素晴らしく、5曲目から7曲目はいずれも佐藤允彦(p)、井野信義(b)、日野元彦(ds)のトリオがサポートしているわけで、それだけでも曲の質の高さは理解していただけると思います。
ローランド・ハナ(P)、ロン・カーター(b)、アル・フォスター(ds) の伴奏で歌われる“I Only Have Eyes For You”“The Way We Were”も素晴らしいメンバーに全く聴き劣りしない実力を感じさせるものでした。
ラストの“FOLLOW ME(恋のアランフェス)”は、彼女の出自であるポップス演歌の歌手の「こぶし」が微妙に入っています。それが絶妙の味わいとなっており、アメリカでも評価されたのはその微かな東洋テイストが神秘性につながったと思いました。